会話は謎の上に成立する

 今でも私たちが贈与するときに、必ず「謎」を仕掛けるのは、この太古的な経済活動の残響です。クリスマス・プレゼントをもらったときに、ネットで値段を調べたりするのは非常に失礼なことですし、失礼という以上に贈与という行為の持っている「霊力」を損なうことになる。それがわかっているから、もらってすぐに「これいくら?」と訊いたり、ネットで値段を調べたりすることは非礼と見なされるのです。

 

アパートの鍵貸します』というビリー・ワイルダーの名画があります。フレッド・マクマレイ演ずる上司がシャーリー・マクレーン演ずる部下の若い女の子と不倫をしている。クリスマスの晩にデートの約束をするのだけれど、それをキャンセルして、子どもたちと奥さんへの山のような贈り物を抱えて、自宅に帰ってしまう。そして、部下の女性には「これで欲しい物を買いなさい」といって100ドル紙幣を裸で渡す。彼女はその行為に深く傷ついて自殺未遂を起こし、ジャック・レモンがそれを救って……というところからラブコメディが始まるんです。興味深いのは、「これで好きな物でも買いたまえ」と剥き出しの紙幣を渡した行為を彼女は「君との関係はこれで終わりだ」というシグナルとして受け取ったことです。これは彼女の直感がただしいのです。その価値がわかっている物を与えるのはもう贈与ではないんです。交換をこれ以上継続しないというメッセージなのです。

 その逆のケースもあります。凄腕の結婚詐欺師は全く価値のないものを贈ることで、交換を継続したいという欲望を相手のうちに喚起するテクニックを知っています。「これが俺の結婚指輪だよ」と言って、その辺にあった糸をくるくると女性の薬指に巻いてあげる。「金がなくて本物の指輪は買ってあげられないんだけれど」という上目遣いに女性はくらっと来てしまうんだそうです。謎めいた贈り物の方が関係の継続のためには効果的だという消息が知れる話です。

 言葉によるコミュニケーションでも同じです。「あなたの言いたいことはよ〜くわかった」というのは、会話を打ち切るための言葉ですね。相手と言葉の交換を続けたい人は決して「よくわかりました」とは言いません。「あなたの言いたいことがよくわからないので、もっと話し続けてください」という促しが、コミュニケーションを円滑に進めるために最も有効な言葉です。恋人から聴きたい愛の言葉だって、「君のことがもっと知りたい」であって「君のことはよくわかった」じゃないでしょう? コミュニケーションというのは相互理解の上にではなくて、ミステリーの上に成立するんです。言葉であれ、財貨・サービスであれ、交換をドライブするのは謎なんです。

 

贈り物はいつでもミスマッチ

 ということで贈与についての所見を申し上げました。以上は決して僕の妄説ではありません。マルセル・モースやマリノフスキーやレヴィ=ストロースなどの先賢の知見を分かりやすくパラフレーズしたものです。机上の空論ではありませんので、ご心配なく。

 

 クリスマス・プレゼントの季節ということで、贈る人側はどんなことを考えて贈るべきかという質問が編集部からありました。相手が欲しい物をいくら考えても必ず外します。ぴたりと当たることはありえません。「これ、ちょうど欲しかったものなの!」と言ってくれたとしても、それはリップサービスです。でも、それでいいんです。プレゼントの妙味というのは、「考えて、考えて、考えた末に外す」というところなんですから。必ず微妙に外れるんです。欲しい物に確かに近いんだけど、ボール1個はずれたみたいなものの方がいいんです。もらった方が「もしかしたら、私がほんとうに欲しかったのはこれかも知れない」と思い始めるような微妙なずれがいいんです。それによって贈られた人自身の「欲しいもの」のフィールドがちょっとずつ拡がってゆくような贈り物が生成的な贈り物だということになるのだと思います。

 

 贈り物はいつでもミスマッチ。これはすごく大事な教訓です。ミスマッチでも、懲りずに贈り続け、懲りずに受け取り続ける。それこそが贈与という行為の真に人間的な意味だと思います。

 

 

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