ギフトの定義
すべては「贈与」から始まる
「ギフト」を定義するということで、原理的、哲学的な話をいたします。よくぞ贈与について僕のところにお訪ね下さいました。そういう抽象的な話をさせると、いくらでもしゃべりますから(笑)。
「贈与」は経済活動の一番基本にあるものです。すべては贈与から始まると言ってよい。でも、贈与という概念の定義は一筋縄ではゆきません。「これ、あげる」「ありがとう」というような単純な話ではないのです。
経済活動は新石器時代の「沈黙交易」から始まると経済史ではいわれています。沈黙交易というのは部族のテリトリーの周縁部に「何か」が置いてあるのを見て、「あ、こんなところに『何か』がある。これは私宛の贈り物だろう」と思った人の出現によって始まります。贈り物を頂いた以上、「お返し」をしないわけにはゆかない。ということで、その場所に代わりに何か自分の持ち物を置いて立ち去る。しばらくして、その場所に行ってみると、「お返し」がなくなって、代わりにまた何かが置いてある。そこで、また「お返し」をして……というサイクルが続くプロセスのことを「沈黙交易」と言います。おそらくこれが経済活動の起源的形態であろうと言われております。
このモデルには贈与の本質にかかわる重要な事項がすでに出揃っています。まず、それが「自分たちのテリトリーの周縁部」で行われるということです。ということは、やりとりしている相手は異族です。言葉が通じない。生活習慣が違う。価値観が違う。だから、こちらの部族とあちらの部族の間には共通する「価値の度量衡」が存在しない。現代社会では、すべての財貨サービスの価値は共通の度量衡である「貨幣」で表示されます。それが存在しない世界を想像してみてください。価値観が共有されていないもの同士での交換です。ですから、等価交換ということはありえません。「ヤシの実が1個置いてあったから、代わりにサクラガイを1個置いて、これでチャラね」ということが原理的に起こらない。「チャラ」にするためには、すべてのものの価値を一覧できる「価格表」がなければいけないわけですけれど、沈黙交易というのはそういうものがない世界での出来事だからです。等価交換がない世界では交換は原理的にはエンドレスに続くことになります。交換が終わるのは、贈与したものと「お返し」したもの(これを「反対給付」と言います)の価値が釣り合って、相殺された時だけですが、等価交換のない世界では、「価値が釣り合う」ということ自体起きないからです。
交換が停止する場合はもう一つあります。もらったけれど、もらいっぱなしで、「お返し」をしないという場合がそれですけれど、それもやっぱり起こりません。というのは、何かを贈与された場合、それに対する反対給付義務を果たさずに「もらいっぱなし」で放置していた場合には必ず「何か悪いこと」が起きるからです。少なくとも、すべての社会集団はそう信じています。それは贈り物には霊的な力(ハウ)が内在しているからです。その霊的な力は絶えず移動することをもとめます。これを退蔵したり、独占したりすることはできません。した人はその霊的な力によって傷つけられる。
誰だって「おはようございます」と挨拶されたら、必ず「おはようございます」と返しますね。これは「朝が早いです」という事実認知をしているわけではなく、「これから始まる一日があなたにとって良きものでありますように」という祝福の贈り物をしているわけです。贈り物ですから、お返しをしなければいけない。どれほど偉い人でも他人から祝福の挨拶を受け取ったら、同じ挨拶を返すことが義務づけられています。この義務を果たさない「無礼な人間」を見ると、私たちは「きっとこの人の身の上にはいずれ悪いことが起きるに違いない」と思うし、実際にたいていの場合、「悪いこと」が起きるものなんです。
「価値のわからないもの」を選ぶ
贈与と反対給付の往還は起源的な経済活動です。だから、エンドレスに続かなければなりません。交換がエンドレスになるためには、そこでやりとりされているものの価値が確定できないということが必要です。価値が確定されたら、その「等価物」がわかる。そして、等価物を置いた時に交換が終わってしまいます。ですから、沈黙交易で交換の場に置かれるのは「相手の異族にはできるだけその価値がわからないもの」でなければならない。
新石器時代になって人類が活発な交換活動を始めました。それがわかるのは、内陸部深くに海の貝殻が出土するからです。なぜ海のものが山の中に移動したのでしょう。理由は簡単です。沈黙交易するときに選好されるのは「交換相手の異族の連中がおそらく見たことのないもの」だからです。価値がわからないものを選ぶ。価値がわからないから、それを贈ったせいで、交換が終わることは絶対にない。贈与と反対給付の交換の場で選好されるのは「なんの役に立つのかわからないもの」なのです。
事実、新石器時代の人たちはそうしました。その結果、「それぞれの集団において最も固有で、最もオリジナルなもの」が贈与物として優先的に選択され、それが集団間を高速で行き交うようになった。謎めいた品物ばかりがはげしく行き交うわけです。当然ながら、「これは一体何だろう? 何の役に立つものだろう?」という問いが絶えず人々の知性を刺激し続けることになる。「何かの意味を持つことは確かなのだが、それを語る言葉や、その価値を計測する『ものさし』が自分たちのところにはないもの」と繰り返し遭遇する。この「謎めいたものとの出会い」の経験はそれぞれの集団の知的なフレームワークの拡大と組み替えをもたらすことになります。
↓↓こちらでプレゼント選ばれてはいかがでしょうか?↓↓
会話は謎の上に成立する
今でも私たちが贈与するときに、必ず「謎」を仕掛けるのは、この太古的な経済活動の残響です。クリスマス・プレゼントをもらったときに、ネットで値段を調べたりするのは非常に失礼なことですし、失礼という以上に贈与という行為の持っている「霊力」を損なうことになる。それがわかっているから、もらってすぐに「これいくら?」と訊いたり、ネットで値段を調べたりすることは非礼と見なされるのです。
『アパートの鍵貸します』というビリー・ワイルダーの名画があります。フレッド・マクマレイ演ずる上司がシャーリー・マクレーン演ずる部下の若い女の子と不倫をしている。クリスマスの晩にデートの約束をするのだけれど、それをキャンセルして、子どもたちと奥さんへの山のような贈り物を抱えて、自宅に帰ってしまう。そして、部下の女性には「これで欲しい物を買いなさい」といって100ドル紙幣を裸で渡す。彼女はその行為に深く傷ついて自殺未遂を起こし、ジャック・レモンがそれを救って……というところからラブコメディが始まるんです。興味深いのは、「これで好きな物でも買いたまえ」と剥き出しの紙幣を渡した行為を彼女は「君との関係はこれで終わりだ」というシグナルとして受け取ったことです。これは彼女の直感がただしいのです。その価値がわかっている物を与えるのはもう贈与ではないんです。交換をこれ以上継続しないというメッセージなのです。
その逆のケースもあります。凄腕の結婚詐欺師は全く価値のないものを贈ることで、交換を継続したいという欲望を相手のうちに喚起するテクニックを知っています。「これが俺の結婚指輪だよ」と言って、その辺にあった糸をくるくると女性の薬指に巻いてあげる。「金がなくて本物の指輪は買ってあげられないんだけれど」という上目遣いに女性はくらっと来てしまうんだそうです。謎めいた贈り物の方が関係の継続のためには効果的だという消息が知れる話です。
言葉によるコミュニケーションでも同じです。「あなたの言いたいことはよ〜くわかった」というのは、会話を打ち切るための言葉ですね。相手と言葉の交換を続けたい人は決して「よくわかりました」とは言いません。「あなたの言いたいことがよくわからないので、もっと話し続けてください」という促しが、コミュニケーションを円滑に進めるために最も有効な言葉です。恋人から聴きたい愛の言葉だって、「君のことがもっと知りたい」であって「君のことはよくわかった」じゃないでしょう? コミュニケーションというのは相互理解の上にではなくて、ミステリーの上に成立するんです。言葉であれ、財貨・サービスであれ、交換をドライブするのは謎なんです。
贈り物はいつでもミスマッチ
ということで贈与についての所見を申し上げました。以上は決して僕の妄説ではありません。マルセル・モースやマリノフスキーやレヴィ=ストロースなどの先賢の知見を分かりやすくパラフレーズしたものです。机上の空論ではありませんので、ご心配なく。
クリスマス・プレゼントの季節ということで、贈る人側はどんなことを考えて贈るべきかという質問が編集部からありました。相手が欲しい物をいくら考えても必ず外します。ぴたりと当たることはありえません。「これ、ちょうど欲しかったものなの!」と言ってくれたとしても、それはリップサービスです。でも、それでいいんです。プレゼントの妙味というのは、「考えて、考えて、考えた末に外す」というところなんですから。必ず微妙に外れるんです。欲しい物に確かに近いんだけど、ボール1個はずれたみたいなものの方がいいんです。もらった方が「もしかしたら、私がほんとうに欲しかったのはこれかも知れない」と思い始めるような微妙なずれがいいんです。それによって贈られた人自身の「欲しいもの」のフィールドがちょっとずつ拡がってゆくような贈り物が生成的な贈り物だということになるのだと思います。
贈り物はいつでもミスマッチ。これはすごく大事な教訓です。ミスマッチでも、懲りずに贈り続け、懲りずに受け取り続ける。それこそが贈与という行為の真に人間的な意味だと思います。
↓↓今年のクリスマスはこちらでプレゼント選ばれてはいかがでしょうか?↓↓